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    トビウオ叔母さま

    • 2011.09.24 Saturday
    • 14:14
    亡き父の一番下の妹(父とは25歳離れている)、私にとっては、叔母にあたる人が新宿に住んでいる。

    だんなさまは数年前に亡くなっているので、今は、一人暮らしをしている。

    弟くんが、オーストラリアに留学したときに、成田まで送りに行き、その晩は泊めてもらったので、もう、7年ぐらい会ってない。

    その前は20年ぐらい会ってない。

    叔母さまは、私より12歳年上。

    その昔、叔母さまの母(私のおばーちゃん)が病を得て長いこと入院して、おばさまは一人になってしまったので、結婚したばかりの私の父と母が引き取った。

    それで、私たち姉妹と叔母さまはずっと一緒に暮らした。

    小さい頃、よく面倒をみてもらっていて、少し年の離れたおねーちゃんという感じだった。

    高校生になった頃、叔母さまは東京に出て行った。

    その人生は、波乱万丈、艱難辛苦、、どうして父方の家系の人は苦労ばかりするんだろう、と思っていた。

    先日、母から電話があり、叔母さまから久々に連絡があったと聞いた。

    急に懐かしくなって、母に叔母さまの電話番号を聞いた。

    昨日は、一日電話しようかどうしょうかと迷っていた。

    こちらがあまり元気でない時に電話するのもはばかられたので。

    今日は起きてみたら、素晴らしい秋空。

    空気も瑞々しく、とても気分がよい。

    昼前に、えいやっとばかりに電話した。



    続きを読む >>

    息子は東京配属に。。

    • 2009.08.16 Sunday
    • 23:32

    【画像:302123.gif】


    3月に京都の大学を卒業した長男、心配したのだけど、就職して2ヶ月の研修を終えて、6月から東京配属になりました。

    関東は今までご縁がなかったので、息子も私も、うーーーんという感じだったのですが、、仕事ですもの、仕方ありませんからね。

    寂しい気持ちをこらえて送り出しました。

    会社の場所は大田区だそうです。土地勘がありませんからねー。イメージもわきません。

    会社の寮は横浜の港北区だそうです。これもまたぜんぜん知らない土地です。

    毎日、戸惑ってばかりいるんではないだろうか、とか、失敗はしてないだろうか、とか、母としては心配の種が尽きません。

    近くにいれば、なんやかやと力になってやれるのに、、などとまた過保護なことを言っていたりするだめだめ母なのです。

    お盆はどうするのかなーと久々にメールをいれたら、折り返し、電話がありました。

    「帰りたいけど、新幹線代がかかるしなー。」とかもごもご言っているので、「ayaさんはどうしているの?」と聞いたら、「ここにおるねん」と言うのです。

    あははは、ayaさんっていうのは、カノジョいない歴23年のむすこに初めて出来た恋人さんです。

    なーんだ、そうなんだ。お盆にカノジョが京都から会いにきてくれてるわけです。

    (帰ってくるわけないじゃない)と心で笑っていました。

    なんか、心配したりしていた自分がアホくさーって思えて。笑。

    でも、良かったです。

    カノジョのおかげで、頑張って仕事しようとか思えるみたいだし。

    私、うれしくなって、すぐ息子のところにショルダーバッグ送りました。

    私のと色違いで、こんど、ayaさんがこちらに遊びに来てくれたら、渡そうと思ってたものなんです。

    数日経って、息子から電話がありました。

    「バッグ、すごく気に入っているよ。」と。

    で、ayaさん本人が電話にでてきて、とってもうれしそうにお礼をいってくれました。

    私には娘はいないけど、娘を持った気分をちょっとだけ味わえて、うれしかったなぁ。

    ふたりがうまくいきますように。。







    ウィーンでリサイタル

    • 2008.11.08 Saturday
    • 14:24
    10月のことですが、バイオリンをやっている姪っ子ののぞみが、ウィーンで初リサイタルをしました。

    ウィーンの国立音楽大学教授のアドリアンコッスク氏と以前に東京と九州でリサイタルをしたのがご縁で、ウィーンのベーゼンドルファーザールで演奏しないかと誘われて、行くことになりました。

    今回はのぞみの母(私の姉)が初めて同行しない旅だったので、身内はいろいろと気をもんだのですが、リサイタルは大成功だったようです。

    行く前に、「音楽現代」という雑誌に掲載されました。

    インタビューも載っていましたが、なかなかえらそうなことを言っています。笑。

    小さかったのぞみがだんだん大人になっていって、私たちの手を離れていきます。

    うちの兄くん(長男)も、来春には社会人。

    成人式も感慨深いものがありましたが、社会人になるのはまた違った感慨があります。

    こどもを社会に出す、、、一大事業を終えたような気分ですね〜。
    【画像:203376.jpg】


    【画像:203377.jpg】【画像:203378.jpg】


    むすこっち

    • 2008.02.03 Sunday
    • 10:59

    里の雪は朝から静かに降り続いています。

     

    椿の木の枝にぽっこりとひっかかった雪の塊が、まるで綿の花のようです。

     

    昨日、京都に住む兄くん(長男)から久々にメールがきました。

     

    京都の冬は寒いだろうな、カゼなど引いていないかなと気にかかっていたところでした。

     

    「今日は、会社訪問にいってくるな。」とのこと。

     

    をを、そうでした。そろそろシューカツが始まる時期でした。

     

    目の前にいれば、「ネクタイはちゃんと締めた?コートは着ていかなあかんよ。電車の時間は調べたの?」と世話をやくことは限りなくあるのだけど、如何せん、近くて遠いところにいるので、世話の焼きようがありません。

     

    寂しくはありませんが、私と兄くんはもうそういう関係なんだな、としみじみいたしました。

     

    むすこは確実に母親より大きくなります。

     

    ちょっとしたときに、頼もしいなと感じることがあります。

     

    それは、買い物の時に、黙って荷物をもってくれたり、車から降りるときは先に下りてドアを開けてくれたり、高いところにあるものをさっとおろしてくれたり。。

     

    ほんとに、ほんとに、頼りないむすこっちではあるのですが、そういう時、正直うれしいなと思います。

     

    ・・夕方、会社訪問が終わって、メールしてきました。

     

    「若干建物が古かったなぁ。まぁ、1社目だし、これからあちこち行ってみる。」と。

     

    「そっか、寒かったやろ、早く帰っておやすみ。」

     

    もう何もしてあげられることはありません。

     

    里に帰ってきたら、またあったかお鍋でもしてあげましょう。

     

     

     

     

     

     

     

     

    「背広」

    • 2007.10.28 Sunday
    • 20:42
    兄くんが京都から突然帰ってきた。

    シューカツ(就職活動)を始めるのでスーツを買うからと。

    京都のほうが品揃えが多いだろうに、というと、自分で選ぶのが面倒だと言う。

    生来の面倒くさがりは、やはり一人暮らしをはじめても治らないのか。笑


    紺、黒、ダークグレーがあり、私はその中からダークグレーを選んだ。

    ネクタイは自分で選んだらというと、それも任せるという。

    あれこれ、彼の首に巻きつけて、3本ほど選んだ。
    どうやら、彼の趣味と私の趣味は一致しているようで、もめることもなくすんなり決められた。


    たくさんのスーツを眺めながら、ふと、父の背広のことを思い出した。

    スーツのことを昔は背広といっていたんだろうか。

    父も母も背広と言っていた。


    私の記憶では、背広は今みたいな既製服が主流ではなくて、生地選びからやって、採寸して、すべてオーダーメイドだった気がする。


    小さい頃、小倉の紳士服の店に連れられていって、母が生地を選び、店の人が採寸をしていた情景がふと蘇ってきた。

    父はYシャツも冬のオーバーコートも、誂えていた。

    たぶん、小柄な父の体型に合う既製品というのがあまりなかったのか。

    姉もそのことを覚えていたようで、ヨーロッパに留学した時に、父へのお土産としてコートの生地をイギリスから買って帰ってきた。


    生地のよいものは長く着られるようで、オーバーは父が亡くなった時に母が「寒かろう」と着せてやって、父は天国にそれを着ていった。


    そんなことを店で思い出しながら、兄くんに「自分でお金を稼ぐようになったら、自分にあったスーツを作ったらいいね。」と言った。

    兄くんはきょとんとしていたけど。笑。

    オーダーメイドのスーツを着るというのは、若い人の感覚にはないかもしれないけど。


    普段はラフな格好をしていても、体にあったものを着てびしっと決めている男性の姿はいいもんだ。

    ただ、父が帰宅したときに、背広、ネクタイ、タイピン、時々カフスボタン、Yシャツ、ベルト、ズボンと、脱ぐのにえらい時間がかかって大変そうだったけど。

    時々、父の背広をハンガーにかける役目をしていたんだが、その背広からタバコの匂いがしていたのがなつかしい。

    背広も着る人に合わせて、風合いが出てくるんだろうなぁ。。









    親友Yさんのおとうさまとのひと時

    • 2007.08.05 Sunday
    • 10:17
    昨日は、親友Yさんとそのおとうさまに出会った。


    Yさんのおとうさまの仕事がらみのことで少々お役にたてることがあって。


    Yさんとの出会いは、今でも神様のいたずらではないかと思うぐらいすごい偶然なのだけど。


    初めて出会った23年前から、何度も偶然が重なって繋がっていき、今では、親戚のような感じさえしてる。笑


    Yさん6年前におかあさまを亡くされて、今は一人暮らしのおとうさまのところ(里の近く)に毎週、様子をみにいっている。


    一人娘であるYさんは、「おとうさんが気になってね。」といつも言っている。。


    仕事関係のお話しが終わったあと、おとうさまが、お茶に誘ってくださった。


    四季菜館の奥に喫茶コーナーに3人腰掛け、わたしは、おふたりの会話を笑いながら聴いていた。


    「おとうちゃん、やっぱり、・・・・・・しなあかんわ。そのほうがええわ。」

    「ほやな。そうしよう。ほんでなYちゃん、今日は持って帰ってもらわなあかんもんがあるさかいに、家に寄ってや。」

    「とうさん、今日はいそぐさかいに、よられへんわ。またすぐくるさかいに。」

    「ほうかぁ?」


    なにやら、おとうさまは、お中元のおすそ分けを娘のYさんに渡したかったらしいんだけど、、、ちょっと寂しそうなお顔だったなぁ。


    「Hさん(私)、今日は忙しいのに、よう出てきてくれはりましたなぁ。おってくれたったから心強かったわぁ。」とおっしゃる。


    大してお役にたててないとは思うんだけど、きちんとお礼をいわれると、やはりうれしいもんだなぁ。


    抱えきれないぐらいのお土産をYちゃんとおとうさまから頂いて、岐路についた。


    運転しながら、「おとうちゃん」「Yちゃん」と呼び合える親子の間柄っていいな〜と思った。


    うちの父は大正生まれの厳格な人だったので、私のことを「ちゃん」づけで呼んだのは、数回だったなぁと思い出した。


    深夜、試験勉強をしていると、マージャン明けで帰ってきた父が「なんか、腹が減ったわ。○○ちゃん、チャーハンでも作ってくれるか?」と言ってきた。


    「いいよー」と言って作ったら美味しそうに食べて、なぜか、テーブルの上に500円置いていった。爆


    後日、母が、「○○ちゃんの作ったチャーハンは、店にだしてもいいぐらいや。受験やめて料理のほうにいったらいいのに」って言ってたよって。笑


    そっか、ちょっと道を間違えたかな?などと思いながら走っているうちに家に着きましたとさ。笑


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    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ









    22歳のはじまりは。。。(>_<)

    • 2007.07.14 Saturday
    • 00:10
    7月12日は、兄くん(長男)の22歳の誕生日でした。


    日記を7年前からつけているので、過去日記を振り返って見て見ました。


    2002年、17歳の誕生日、彼は自分の誕生日だってことに気づいてませんでした。笑。


    「おめでとう、」というと、きょとんとして、「あれ?14日じゃなかった?」なんて言うのです。


    「7月14日は、フランス革命の始まった日や。キミは12日。」というと「年に一度しかないことはおぼえられん」などといいよります。笑。


    それを聞いて弟くん(次男)がげらげら笑っていたことを思い出しました。


    「プレゼント、なにが欲しい?」と聞くと、「今回はいらんわ。」と言いました。


    その理由は、誕生日の数日前に、お魚を食べていて、喉におっきな骨がひっかかって、休日の救急にかかったもんだから、高い診療代がかかったのを気にしていたのでした。笑。


    あの時は、大変でした。


    もう少しお髭も生えかけた兄くんに「口あけてあーんしてごらん。」といって、母は指を喉の奥に突っ込んだんですから。爆

    で、今年、22歳の誕生日。。

    またしても、やらかしました。。あはは。


    彼の住んでいる京都のマンションは自転車の駐輪規則が厳しくて、指定のステッカーを貼ってないと罰金です。


    大学で自転車を盗まれた(もう3回目)彼は、友達に自転車をゆずってもらい、それを使って1週間経った昨日。。。


    管理会社に「ステッカーを貼ってないので罰金」と張り紙をされ、自転車をロックされてしまったのです。(>_<)


    やられましたね〜〜。3万円。がくっ。。


    今回の誕生日もプレゼントはなしですね。。。


    なんと、間の悪い子なんでしょ。


    京都は祇園祭が始まります。


    弟くんは彼女とお祭りにいくらしい。


    兄くんは特別予定もなし、ってことなんで、またお誘いしようかどうしようか思案中です。笑。



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    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ・・・「bird - BATUCADA」

    母と携帯電話

    • 2007.07.07 Saturday
    • 11:51
    【画像:23525.jpg】
    「タチアオイ」

    ◆◆◆


    九州にいる母とは1週間に一度は必ず電話をします。

    どっちからともなく掛け合います。

    先週、仕事が忙しくてつい電話をするのを忘れていて、どうしているかなと電話してみました。

    「もしもし、わたし。小春よ」、、そういわないと私たち3姉妹の声は母でも区別がつかないのです。笑

    「あぁ、小春ちゃん、ちょっとのどのところにぐりぐりができて検査の結果を木曜日にききにいかんといけんの。

    お医者さんが、僕はなんでもはっきり言うから、家族の人に付き添ってもらってって。

    でもおねえちゃん(私の姉)、仕事やすめんし、一人でいくわ。」

    「えっ、ちょっとまって、だれかおらんの?京ちゃん(妹)は?」

    「だめだめ。あの子も忙しいし。」

    実家には母と姉とそのむすめっこの3人しかいないので。。

    なんだかもうすぐ帰りたかったですね。

    「そんなん心配せんでいいって。大丈夫やから。」といいます。

    母は6人兄弟の末っ子で、みんなから可愛がられて大きくなっているので、病院にいくのだって、本当はひとりでいくのはイヤなんです。

    そんな母が「大丈夫、とか一人で」なんていうと、余計心配なんですね、わたしは。。

    「そしたら、検査の結果わかったら、すぐ携帯でわたしにしらせて。」というと

    「町の中で携帯なんかつかいきらん。そんなものに気をとられとったら、こける。」といいます。

    「わかった、そしたら、家に帰ってからでいいから。わたし、電話まっとくから。」というと、笑ってました。

    その日は仕事が休みだったので、家事をしながら電話をまってました。

    病院から帰るのは2時ぐらいだといってたのですが、12:30ごろ電話がなりました。

    「小春ちゃん、大丈夫やったよ。心配せんでいいよ。」と母から緊張した声でかかってきました。

    どうやら携帯を使ったようです。笑

    きっと姉が操作の方法を教えたんでしょ。

    「ここを押したら小春ちゃんに繋がるからね。」といって。

    その騒動が目に浮かびます。

    とりあえず、なんともなくて、よかったです。(^_-)-☆



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    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ







    弟くんとメッセ

    • 2007.06.25 Monday
    • 00:42
    夜おそくに、久々に弟くん(次男)とメッセ(マイクロソフトメッセンジャーサービス)がつながりました。

    「あのなぁ」

    「どした?」

    「お米がないねんけど・・・。」

    「こないだ送ったら受取人不在で返って来たんよ。しらんかった?」

    「まじ?ごめん。」

    「にいちゃんにはゆうたんやけど、しらんかった?」

    「うん、しらんかったわ〜。だめだめ兄弟やな。笑」

    「そやな〜。笑。ほんでも郵便局もおくりかえさんでもええのになぁ。」

    「あはは、そら、勝手な言い分やわ。」

    「そやね。また明日準備できたら、送るわね。」

    「まじ、ありがとー。」

    それから、バイクの免許を取りたいって話が続いて。。

    「こっちはみんな元気よ。桜子の耳がちょっと遠くなってるぐらいで。」

    「まじ?そんなんいややわ。」

    「まぁ、心配しなさんな。相変わらず元気で飛び跳ねてるし。」

    あんまり心配そうなので、散歩の写真を添付して送ってやったら、安心したみたい。笑。

    一緒にいたらけんかばっかりしていた、私と弟くんだけど、ちょっと距離をおいたらお互いちっとは優しくなれるのね。

    やつは、やたら、私に「ありがとー。」って言うようになったし、私は「いいよ、いいよ。」って言うようになったし。笑

    でも、また帰ってきたら、一度はけんかするのよね。

    「じゃ、そろそろ寝るわね。明日学校あるし。」:私

    「そか、ほんじゃ、頑張って〜〜。」:弟くん

    てな感じでメッセ終了でした。笑

    【画像:23513.jpg】

    ● 掲示板 ○

    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ

    じじさまにプレゼント

    • 2007.06.19 Tuesday
    • 00:48
    父の日のことを書いておかなくては。

    私の父はもう亡くなっているので、わたしには父と呼べるのはこっちのじじさま(義父さん)だけです。

    プレゼント、いったい何がいいかなぁと考えていたのですが、男性の趣味ってもひとつわかりにくいので、悩んでいましたら。。

    1週間ほど前に、じじさまが「携帯の調子がわるいのや。ちょっとみてくれへんか。」といいなさる。

    どうやら、電池の寿命が極端に短くなって、半日と持たなくなっているみたい。

    「店にいってみたけど、ようわからんのや。」といいなさるので、「ほんならどうにかしてみましょう。」と預かりました。

    さっそくショップへ行って、みてもらうと、もう寿命とのこと。これはもう機種変更しかありません。

    もともとじじさまの携帯は、夜忙しい私に代わってじじさまがむすこっちたちを駅まで迎えにいってくれていたので、連絡用にと持ってもらったわけなんです。

    今では、旅行に出たとき、山仕事に行ったとき、それから、わたしとの連絡用(出荷している野菜の引き取り関係)に使っています。

    ショップの人に「字の大きいの。機能の少ないの。」とだけ言って出してもらいました。

    機種変更に1万数千円ほどかかりましたが、なかなかおしゃれな携帯が手に入りました。

    よし、これを父の日のプレゼントにさせてもらおう、と「これ、よかったら、もらってください。父の日近いから。」というと、それはそれはうれしそうでした。

    着メロは「大きな古時計」に変えておきましたよ。

    ラジヲも聞けるようなので、山にいっても楽しめるでしょう。

    贈り物をできる父がいるってことは、うれしいことです。

    亡き父にしてあげられなかったことを、こっちのじじさまにはちゃんとしてあげたいと思うわけです。

    ただ、・・・じじさまは自分がかけるときだけしか手元におかないんですわ。

    わたしがかけて通じることって10回に1回です。とほほほ。。。ま、いいですけど。笑



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