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  • 2014.09.29 Monday

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    母。

    • 2008.11.24 Monday
    • 22:11
    【画像:209027.png】












    三連休なので、やっと実家に電話しました。

    母が家に一人でいたのですが、なんだか元気のない声でした。

    どうも、腰に軟骨ができているらしく、それがあちこちを圧迫して、痛いのだそうです。

    治療法はなく、痛み止めだけがでているようです。

    若い頃からじっとしているってことがなく、いつも動き回っているような人なので、どうしてそんなことになったのかと。。

    華奢な体で痛みに耐えているのかと思うとかわいそうでなりません。

    冬には帰省するつもりはなかったのですが、心配なので、帰ることにしました。

    そういうと、母はうれしそうでした。

    「私が帰るからといって、ご馳走しなくてもいいから。お布団の準備なんかもせんでもいいから。じtっとしといてね。」というと笑っていました。

    親が年取っているのは仕方ありません。

    だけど、元気でいて欲しいです。

    母がどこかが痛いと私も心が痛いです。

    やはり親と子はへその緒で繋がっているなぁとしみじみ思います。

    そういえば、私の息子たちも、わたしが具合悪いととても心配します。

    「病院にはいったか。無理はしてないか。」とうるさいぐらいに。

    こどもたちのためにもいつまでも元気でいないといけませんね。

    きっと母も同じ思いなのでしょうね。

    年末はむすこたちを引き連れて、母に会いにいきましょう。

    むすこたちはもう4年近く母に顔をみせていませんから。

    大きくなった彼らを見せて、元気をだしてもらいましょう。








    「ハイライトとウィスキー」

    • 2007.10.03 Wednesday
    • 07:03


    ◆ Koharoom ◇「家族の風景」


    12月がくれば

    亡くなって丸7年。

    時々思い出さない日もあったりするけど

    それでいいんだと自分に言い聞かせる。

    さて、そろそろ出かけよう。

    小倉、サンドウィッチハウスにて

    • 2007.09.01 Saturday
    • 10:03
    小倉駅12時。

    7年来のネット友、みえさんとの約束の時間。

    母は、バスの時間、新幹線の時間、全部指図しようとする。笑。

    まったく過保護、過干渉は全然変わってない。

    「お友達とは久しぶりやからね。ゆっくりランチするよ。」というと、なんだか寂しそうにしている。

    たぶん、私が帰るからだろうなぁ。。

    そんなこどもっぽいところも今なら可愛いとさえ思える。

    バス停まで見送ってもらい門司駅経由で、小倉駅へ。

    コインロッカーの前で待っていると、みえさんが遠くから手を振ってこっちへ向かってきた。

    をを、すきっとしたスリムボディー、変わってない〜〜。

    きっと、ナース姿がよく似合うだろうなぁといつも思う。

    魚町銀天街を並んで歩く運命の不思議さ。笑。

    お薦めのサンドゥッチハウスでしゃべること2時間。

    お会いするのは3回目になるのかなぁ。

    たった、3回だけど、お互いの7年間を知っているというのはこんなに楽なのかぁと思いつつ、歓談。。

    小倉を離れて久しいけど、帰ればこうやって、しっかり案内してくださる友達がいるってうれしいことだなぁ。

    次は、ジャズ喫茶と旦過市場に連れて行ってもらおう。笑。

    帰りの新幹線に乗り込み、篠山についたのは、6時ごろであった。

    また日常が始まる。

    今回の旅は心残りなし。。。


    ● 掲示板 ○

    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ










    父の本を持って帰る

    • 2007.08.31 Friday
    • 08:58
    帰宅の日の前夜、荷造りをした。


    今回は、どうしても持って帰りたいものがあった。


    父が生涯かけて集めた本の中から数冊。。


    新潮世界文学全集は、本当は、父が亡くなった時に全巻欲しかった。


    私が中学時代から愛読し

    未だに父の葉巻の匂いと手垢がついている本だから。。


    でも、いつも気前の良い姉が、その本だけはそのまま置いておいて欲しいというので遠慮していた。


    父が亡くなるまでずっと一緒に暮らした姉にとっては、思いは私と同じ、いや、それ以上に強いものだろうから。。


    今回は、2冊だけ借りて帰ろうと思った。


    次の帰省のときに返却して、また、別の2冊を借りようと。


    実家図書館みたいなものかな。笑。


    父が使っていた本棚はもうなくなっていて、のぞみの部屋の本棚に楽譜と一緒に窮屈そうに本は納まっていた。


    【画像:23578.jpg】


    そこに座り込むこと小1時間。


    カフカ、ヘミングウェイ、トーマスマン、スタンダール、、、どれも読み返したい本ばかり。

    最終的に、カミュとロマン・ロランが残った。


    迷いに迷った挙句、今回は「ロマン・ロラン」にした。


    カミュは、もっと先の楽しみにとっておこうと思って。


    丹波に帰ってきてロマン・ロランの「ジャンクリストフ」を開けてみた。


    エンピツのあとや、コーヒーのしみがついている。


    次の帰省までは、まだずいぶん時間がある。


    じっくり、味わって読んでいこう。。。。。


    【画像:23579.jpg】


    ● 掲示板 ○

    ◆ Koharoom ◇













    母の部屋

    • 2007.08.30 Thursday
    • 22:57
    暑いので、どこへも行かないでおこう、という母が言う。


    姉とのぞみ(姪っ子)は東京へコンクールのためのレッスンに行き、わたしと母は、久々に二人っきりで過ごした。


    母の部屋には、低い音でモーツァルトが流れている。


    父が晩年をすごした部屋でもあるのだが、父の気配はだんだん薄れてきていて、母のお気に入りのものが雑然と混在していた。


    雑然としているのに片付いて、機能的に配置されているという、なんとも不思議な部屋なのだ。


    「絵を少し描きだめたのよ。ちょっと観てみる?」と出してきた。


    以前観たときよりは、ぐんと腕を上げていた。


    「いいじゃないの、カメラにとってあげよう。」とデジカメを出してきて次々撮った。


    淡い色合いの水彩画は、わたしの好みである。


    午前中をそんな風にゆったり過ごし、午後から小倉へでかけた。


    井筒屋でお蕎麦を食べ、母は黒の縮緬のズボンを買った。


    門司駅でバスをおり、めがね屋へ。


    フレームで迷っていると「これがいい」と選んで持ってきた。


    かなりお洒落なフレームで、わたしも気に入った。笑。


    夜、母はネックレスをいくつか出してきて、「これは、小春が小学校のときに、私にプレゼントしてくれたやつよ。」と笑って、黒いガラス製のを取り出した。


    「なんだ、まだ持ってたんだ。物持ちがいいね。でも、なんで小学生なのにこんなのをプレゼントできたんやろうね?」と笑った。


    未だにわからなんだけど。。


    母は、「ネックレス、ひとつあげよう。明日帰るときに着る服にあうやつ。」という。


    私は、黒とシルバーの鎖みたいなやつをもらった。


    母と二人並んで寝て、ぼつりぼつりと話をしてるうちに眠りに入ったようだ。


    そんな静かな夜だった。




    ● 恥ずかしながら、、母の絵 ●スライドショーでどうぞ。


    ● 掲示板 ○

    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ


    【画像:23577.jpg】

    ようやく実家へ。

    • 2007.08.30 Thursday
    • 07:41
    門司港を後にして、ようやく実家へ到着。


    家の前にたまたま姉がいて、「おかえり。かーさん、お待ちかねよ。」とにこやかに笑う。


    門扉をあけると、また鉢植えが増えている。


    母は草花が大好きで、ほんの小さなこぼれ種や挿し木で増やすことに歓びを感じる人だ。


    「ただいま」というと「お、か、え、り」と部屋からはずんだ声がして出てきた。


    母はうれしい時には本当にうれしそうな顔をする。


    「こっちは暑いやろ。冷たい麦茶があるよ。飲まんね?」と訊いていた。

    喉は渇いてなかったけど、「うん、もらおう。」といってごくごく飲んだ。


    姉とその娘っこののぞみは、北九州のあるコンクールで賞をもらったとかで、その賞金をいただきにいくという。


    急遽演奏依頼もあって、音合わせ、衣装あわせと急がしそうにしている。


    「小春も一緒に聴きにいく?」と母から聞かれ、

    「そうね、のぞみの演奏、長いこと聴いてないから、いこうか。」ってことになり、慌てて、シャワーを浴び衣装替え。


    そんなに大きなホールではないけれど、演奏のあと立食パーティーのようなものもあるらしいので。


    車で30分ほどの小倉の霧が丘モーツアルトホールというところについて、そこで、久々にのぞみのバイオリンを聴いた。


    相変わらずやせっぽちだけど、軽くメークした彼女は、やはり、女子大生の風格(笑)がでていた。


    1時間程度のパーティーに参加して、帰宅したのは、8時。


    広島、小倉、門司港、実家、そしてまた小倉。


    ながーい、ながーい一日だった。



    ● 掲示板 ○

    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ



    【画像:23575.jpg】


    【画像:23576.jpg】

    賑やかな家

    • 2007.07.10 Tuesday
    • 18:48
    【画像:23528.jpg】

    画像:「おしゃれ探偵」さま


    ◆◆◆

    昨日の午前、電話がなりました。。

    北Qの実家からでした。

    検査の結果、なんともなかった母が、妹と姉に付き添われて東京にいってたのです。

    義兄(姉のダンナさん)のおとうさまが亡くなられて、その四十九日だったのです。

    田舎育ちの母は東京ときいただけで、気持ちが萎えていたようですが、柳川の妹が「いっしょについていってあげるから、いこう」と言ったので、ようやく決心がついたようでした。

    北Q空港は家のすぐ近くです。

    東京にはさくらんぼを送ってくれたおじが待機していて、母はみんなに守られて、無事東京に到着したのでした。笑

    「ただいま、○ちゃん。おかあさん、上機嫌で帰ってきたよ。法事っていうよりも東京見物やったね。」と妹もえらくはしゃいでいました。

    電話の向こうから、姉と母の笑い声が聞こえてきます。

    「よかったね〜。また行くっていってない?」と聞くと「そやね、そんな感じ、○ちゃんも一緒にいけたらよかったのにね。残念やったね。」

    一人遠くに住んでいる私だけが、いつもおいてけぼりです。

    昔は寂しいなぁと思っていたけど、もう慣れたかなぁ。。

    「次は一緒にいこうや。今度はおじちゃまが、みんなで銀座で食事しようっていってくれてるから。」と妹。

    あはは、北Qと丹波から、、、、これはどこからみても、おのぼりさんですね。^m^

    電話のむこうから、母、姉、妹、姪っ子ののぞみ、、女ばっかりのにぎやかな声が聞こえてきます。

    父が生きていたら「なんね、また、なんの相談ね。。」と笑いながら二階の部屋から降りてきてたことでしょう。

    フェリーターミナルに行き来する車の音、バスの発車音。。

    賑やかこの上ない実家周辺ですが。。

    その中でも我が家は、ピアノ、バイオリン、そして、女家族の笑い声で、一番賑やかな家かも。。



    ● 掲示板 ○

    ◆ Koharoom ◇映画・音楽鑑賞ブログ



    紺色の制服の思い出

    • 2007.07.09 Monday
    • 10:55
    【画像:23527.jpg】

    画像はおしゃれ探偵さま

    ◆◆◆

    昨日のメーリングリストを通じて同級生の方からメールをいただいた。


    その彼とは高1のとき同じクラスだったらしく、その時の担任の先生は2、3年前に亡くなられたそうだ。

    私は生物が苦手で、時々、教科書とノートだけに授業を受けさせ、保健室に遊びにいったり裏山に上ったりしておさぼりしていたんだが、担任は「こらっ」といって笑って私の頭をぽんと軽く教科書でたたくだけだった。

    わたしはある日、裏山で「はちどり」を見つけて感動!
    それを担任に報告した気がする。
    「え?はちどり?おるわけないですね〜。」と軽く流されたけど。笑

    ・・・そりゃ、もう30年だから、いつまでもお元気でいるとは思わないけど。

    もうおられないと思うとなんだか寂しい。。

    私は、時々、保健室登校していたんだが、(それはクラスに馴染めないとかではなく、単に保健室が好きだったから)、保健室の先生は当時30代女性、普通に大人の話をする方で、わたしもなんの違和感もなくそれに答えていて、「○○ちゃん、大学卒業したらこの保健室の先生になりなさいよ。」と細かく進路指導してくれた。笑

    大学の時に、母校に遊びに行こうと思って保健室に電話したら、先生はおられなかった。

    代わりに電話にでた先生から、保健室の先生の病状が重いことを知った。

    お見舞いに行こうかとさんざん悩んだが、きっと、美しくてプライドの高い先生だから、病んでいる姿を生徒には見られたくないだろうと思って、病院の前までいって、深く頭を下げた。。。

    それからまもなく、先生が亡くなったときいた。

    もし生きておられたら、私はあの保健室の先生になってたんだろうか?

    海、カモメ、汽笛、展望台、レンガ造りの古いビル、、、

    とんでもなく暑い夏に、紺色のジャンバースカートをきて、海岸線を歩いた30年前をふっと思い出した。





    門司・柳川への旅 「柳川編」

    • 2007.03.20 Tuesday
    • 23:25
    柳川は「さげもん祭り」の真最中だった。(柳川御花のサイト。スライドショーがあります)

    「2007年2月11日(日)〜4月3日(火)

    柳川には、昔から女の子が生まれると、初節句に、子どもの無事な成長を願ってひな壇の前に色とりどりの”さげもん”を飾る慣わしがあります。それを観光客にも楽しんでもらおうと試みたことが「さげもんめぐり」の始まりです。」とのこと。


    さげもんというのは、日本三大つるし飾りのひとつらしい。

    まぁ、きらびやかな飾りがどこの店にも家にも天井から下がっていて、柳川に生まれた女の子は、こんなに祝福を受けているのかと感心した次第。

    うちの姪っ子たちもその幸せものの二人なわけだ。

    沖端地区というところを家族で散策。

    ここには北原白秋記念館もあり。

    八女茶の老舗、「このみ園」にて、茶香炉の香りに癒される。

    【画像:23415.jpg】



    白雪堂越山に寄り、越山餅を買った。

    これは白あんを柔らかい求肥(ぎゅうひ)で包んだ一口大の餅で、口の中でとろける。

    ここにも「さげもん」がありました。

    【画像:23416.jpg】

    夕方まで、散策し、その後、特急に乗って門司まで直通で帰りました。

    父が生まれ育った町を久々にゆっくりと散策できて、また一つ思い出ができました。

    <120年前の京雛だそうです>

    【画像:23417.jpg】

    門司、柳川への旅 その1

    • 2007.03.19 Monday
    • 10:41
    金曜日の朝、割と時間があったので、ゆっくり準備。

    なんせ実家には、双子と間違えられるぐらい背格好の良く似た姉がいて、衣類関係は全部揃っているので、それこそ、歯ブラシと化粧品を持っていけばよいぐらいなのだ。

    こっちのじーちゃんが篠山口の駅まで送ってくれて、特急で新大阪へ。

    これは乗り換えなし1時間なので、楽〜。

    新大阪で20分ほど接続を待って、「のぞみ」でひとっとび小倉へ。

    それから在来線に乗り換え一駅の門司で降りた。そこに姉と母が待っていてくれた。

    をを。元気そうでなにより!

    門司の町は駅こそきれいになっていたものの、商店街は全然変わってない。

    母がよく利用している「戸の上市場」で雲丹と魚を買う。

    「雲丹はこの店でしか買わない。明太子はここ」と決めている母に歯向かう者はいない。^m^

    買い物を済ませ、実家へ。

    我が家はフェリーの港の近くである。

    実家と言うものはいいもんだ。なにもしゃべらなくても昔の役割分担が復活して、お茶を飲むのにも、姉が急須にお茶っぱをセットすればわたしが湯飲みを並べる。

    無言でこういうことが進むってことが私にはすごくうれしい。

    いつのまにかお手伝いができるようになっている姪っ子ののぞみも、その連携の中にちゃんと加わっている。

    美味しい日本茶をいただきながら、家族の話を聞く。

    いつも母、姉、めいっこの3人暮らしなので、寂しい思いをしているらしく、次々に話しかけてくるもんだから、返事に忙しい。笑。

    久々に帰る者の役目だと思い、うんうん、と頷きながら話に興じる。

    居間でひとしきり話をしたあと、母の部屋へ。

    そこは、父が亡くなる前に母と暮らした部屋。

    部屋に入ると、もう亡くなって7年近くも経っているのに、父の気配があちこちにある。

    父がいつも座っていた場所に座ると木蓮の樹がみえた。

    「木蓮が満開ね」というと母が、「私が小さい庭を造り始めたら、とうさんが市場に行って苗木を買ってきたんよ。もみじは店の人がサービスしてくれたらしくてね。もらってきたときは、こんなに小さかったのに。」と言う。

    木蓮は見上げるほどの高さになって、白いゆったりした花をいくつもつけていた。

    夜になって、叔父や義兄が東京から着いて、実家はいっぺんににぎやかになった。

    夜更けまで、丹波の酒と関門の魚で、話は尽きず、明朝5:30起きだってこと、みーんな忘れていた。(^_^;)

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