スポンサーサイト

  • 2014.09.29 Monday

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 0
    • -
    • -
    • -
    • -

     夢

    • 2009.05.05 Tuesday
    • 23:38

    人生の大部分を過ごして来て、だいたい、自分の路線が見えてきたと思っていたからでしょうか。

    なんともやるせない夢を見ました。

    ◆ 夢 ◆

    10年後ぐらいだと思う。

    実家の母が病気になってしまい、もうあとわずかしか生きられないという。

    小さくなって弱っている母がかわいそうでかわいそうで。

    母は末っ子で甘えっ子だし、一人で旅に送り出すなんて、そんなこと絶対だめ。

    私は、もうすべきことは全部やったし、こどもたちはそれぞれ一人でも大丈夫。

    生きていれば、してあげられることもあるけど、もう十分だとも思う。

    母と一緒にお墓に入ったら、きっと母は寂しがらないし。

    二人で寄り添って眠るように死ねたら、お互い心強いだろうな。

    ◆◆◆

    こんな夢だったのです。

    目が覚めた翌日。

    弟くんが「オレはこれから先が楽しみでしょうがない。どんな人生が待っているんやろう。」というので、「うらやましいなー。かーさんは、もう大体先が見えてきたからこんな夢をみたんよ。」というと。。

    弟くんは、わたしをきっと睨んで、「あかんで。オレはかーさんにまだなーんもしとらんっ。」と怒られました。

    言うんじゃなかった、と後悔。

    たぶん、一人で死ぬのが怖いと思っているのは私のほうで。

    なーんでいつまでたっても、こういうとこ、子供っぽいんだろうと、苦笑。

    ごめんなさい、とここで懺悔。

    [非日常]どうしてこんな夢?

    • 2008.08.01 Friday
    • 07:38

    この暑さは異常。

    寝苦しい夜だったせいか、すごい夢をみた。

    ・・・なぜか舞台は京都。わたしは和服をきている。

    なにかを探して、いろいろなお宅の庭園をまわっている。

    池のあるお宅もあれば、竜安寺の石庭のようなお宅もあり。

    涼しい風景なのに、気持は焦っている。

    とあるお宅で、「○○を探しているのですけど、お宅にありますか?」とその家の女主人にきいていた。

    その女性は「使用人がいますので、そっちにきいてみておくんなはれ。」という。

    奥のほうから上品で気骨のありそうな女性(和装)がでてきて「なんでございましょう?」と問う。

    「○○を探しているのだけど、ご存じですか?」というとその使用人の女性が「うちにあるわけがございません。」と顔色を変える。

    「いえ、こちらのお宅に必ずあるはずですけど。」と言うと、「それを言われたらおしまいです」と悲壮な顔で返事される。

    その人はやおら短剣を取り出し、わたしのほうに正座して「命をかけて、ここにはないと申し上げます」という。

    言った瞬間、自分の胸を短剣で刺して絶命してしまった。

    これは一体!!!!!?????と思いながら、この状況はかなりやばい、と思って、ささっと逃げた。

    裏口からでようとしたら、女主人がいて、わたしの姿をほんの一瞬だが見た感じがした。

    あ、でかける時間だ。。

    続きは書くかどうかわからん。笑

     怒られる

    • 2008.04.28 Monday
    • 23:19

    どこでどう行き違ったのか、よいお付き合いをしていた人と口を利かない状態になってしまった。

    私から拒絶したのではなく、相手がひとりで怒っている模様。

    毎日職場で出会う人だけに、正直しんどいなぁと感じる。

    昔の私なら、そういう状態が数日続くのは耐えられなくて、こちらから折れて話をして、どうにか関係を修復しようと努力しただろう。(あるいは、逆ギレして大々的にケンカしたかも。(`´)

    でも、今はそうまでしようとは思わない。

    人間っていつまでも怒った状態でいるのは苦しいものだし、そのうち、心の扉を開くだろうと暢気に構えている。

    怒りが収まるのを、のほほんと待っているというかんじかな。

    それでも怒りが収まらないようなら、その人は私の人生には必要のない人だったんだと思うことにする。


    ちょっと悲しい気もするけど、仕方ない。

    年をとるってことは、そのあたりの思い切りがよくなることでもあるかも。

    ・・3連休の最後の日の日記に書くことがこれっていうのもなんだかつまらんけど。

    さ、寝よう。寝よう。

     久々のハンサム

    • 2008.04.27 Sunday
    • 10:11

    f:id:kusukusu_kun:20080429095912j:image


    ↓の映画にでていた、ジェームズ・スペイダー

    きゃ〜。そんな目をしないでよ〜〜。

     高瀬川の桜

    • 2008.04.06 Sunday
    • 01:19


    咲き初めの桜並木を通って、細い路地を入ったところにそのジャズバーはあって、その日はライブをやっていた。


    ピアノ、ベース、テナーサックス、ドラムスが気持よくなっていてそのうち、A列車で行こう、が流れはじめた。


    グレープフルーツをラムで割ったカクテルを注文して、良い気持ち。





    「もし明日から自由だよ、といわれたら、何をしますか?」と聞かれた。


    返事を考えるのにずい分と時間がかかってしまった。


    「桜子と思う存分散歩をします。それから畑に行って野菜を採ります。」


    その人は静かに笑って頷いた。


    しばらくして、また答えた。


    「庭の柚子をとるひまがなくて、熟れたまま、枯れてしまって。それを収穫して、種をとって、化粧水を作りたいです。」


    「そういうことって、時間があって、気持に余裕がないとできませんよね。」とその人が言った。





    そんなに時間が経った感覚はなかったのだが、話はじめて6時間がたっていた。


    ジョシかな?と思えるような華奢なバーテンダーさんが、一枚のアナログ盤を取り出して流し始めた。


    キースジャレットのケルンコンサート。


    ザ・ケルン・コンサート


    一日?一週間?一か月?一年?の疲れを癒しに来ている人達の談笑の隙間に


    静かに沁みいるピアノの響き


    なにかに追われているような日常に、優しい時間を作ってくれた人に、心から感謝。


    「そろそろシンデレラタイムですね。」


    三分咲きの桜の並木を、もう少し歩いていたい気分だった。




     hai.konnitiha!!

    • 2008.03.06 Thursday
    • 16:16


    無理をせず


    作りもせず


    自然な自分をだせて


    同じテンポで心を通わせあう


    同じ温度で感じあう


    そんな人の気配を


    いつも自分の中に感じていられるとしたら


    この上なく幸せ


    「hai,konnitiha,dousiteru?」




     「花」

    • 2008.01.22 Tuesday
    • 22:23


     いつもと同じ林の中の道を歩いていると  


     ふと一輪の花が私に話しかけてきた 





     その花はずっと昔から


     そこに咲いていて


     通るたびに軽く首をかしげ


     無邪気に笑いかけているようで


     私もそれに


     軽く会釈して通り過ぎていた





     その日は、花がいつもと違って艶かしく


     私の方へ首を傾けた


     その花を手折ってしまえば


     私はその花を永遠に自分のものにできる


     しかし、手折られた花は


     いくら水を注いでも


     私の手中では生きられないこともわかっていた





     花は花として野にあり


     時に虫たちの羽を休ませ


     時に人の荒ぶる心を慰める


     


     次の日、また同じ道を歩いた


     花は相変わらず朗らかに笑いかけてきた


     私もいつもと同じように会釈した





     こうして、私と花の日常が過ぎていく


     平穏で、ささやかに幸福な、日々の積み重ね


     「花を手折ることなかれ」


     林の中の静かなる道に


     私はこう標しておこう




     寝るのがもったいなくて

    • 2008.01.07 Monday
    • 01:58


     冬休み最後の夜


     寝るのがもったいなくて


     まだ起きてる


     2週間、やりたかったことはほとんどやった


     1、歯医者にいって、忌々しい歯を抜いた


     2.日ごろ食事をゆっくり取れないので、食べだめした


     3.寝る時間を惜しんで日記をUPした


     4.年賀状を6種類作って、相手に合った年賀状をだした


     5.疎遠になっていた人とまったりメールのやり取りをした


     6.20年来の友達に久々に電話した(年下のジョシ。むすこっちたちの面倒をみてくれていた)


     7.門司の実家に祝い酒を送った(単身赴任していた義兄が帰ってくるので)


     8.むすこっちたちとカラオケにいってユーミンを歌いまくった


     9.じじばばさまを鍋パーティーに誘った


     10. 気になっていた職場関係の原稿を作った


     11.大晦日に掃除をした


     12. 好きな人たちとランチをした


     13.美容院にいって、一見、深窓風のカットをした


     14.キャンドルを灯して、灯火の向こうの世界に○○○を見た(勝手に想像してくれ)


    うーん、まだまだある気がする。笑


     毎日が休みだった頃には、ちっとも特別でないことが、今回は格別素敵なことに思える。


     休みが終わると思うと、気分が沈んでいたんだけど、振り返ってみれば思いっきり楽しんでいるではないか。


     さて、明日から、またがんばろー。




     言葉を超えたなにか

    • 2007.12.30 Sunday
    • 23:32


    今年は、よく日記をつけた。


    2001年3月からはじめたWEB日記だが、こんなに多くを語ったのは久々かもしれない。


    1日2000文字ほど。よくもまぁ、語りに語っていると我ながら感心する。


    ただ、こんなに書いても、自分の生活を全て表現できているかと言えば、勿論そうではない。


    敢えて表現しない自分の姿もある。


    また文字として、言葉として表現している自分について、すべて思い通りに表現できているかといえばそうでもない。


    特に感覚世界の部分は、「言葉にできない」「言葉にならない」としかいえないことも多い。


    哲学者のスーザン・ランガーという人は、






    人間の直接体験の世界は、感覚と言う大海である。それは果てしなくそして深い。そしてそれは、個々の人間の内部にあって、第三者には伺い知ることのできない世界だ。その世界の一部をわれわれ人間は言語にして外に向かって「表現」する。しかし、そんな風に表現できる部分と言うのは、感覚の大海にくらべれば小さな島のようなものでしかない。われわれが言語化できる部分、他人につたえることのできる部分は、われわれが実際にこころのなかで感じていることのすべてにくらべれば、実にわずかなものだ。」加藤秀俊「自己表現」より



    と言っている。


    「感じているけど、言葉にならない。思っているけど、文章にできない。」ことはたくさんあって、もどかしい思いをすることもある。


    こどもに作文をさせる時に「感じたことをそのまま文章にしたらいいのよ。」と教えたりするけれど、それは言うほど簡単なことではない。


    ある方が、川端龍子が昭和9年に描いたという「愛染」をこう表現されていました。


        



        「愛染とは仏教の言葉で男女の愛欲を意味するとのこと。


         鴛鴦の互いの視線や、配置の絶妙なバランス、


         そして、水面の群青を覆い尽くす真っ赤な紅葉が


         情念の炎となって見る者の心を焼きこがします。」



    そこには写真も添えられて、その絵の持つ魅力はその方の豊かな表現力のおかげで十分に想像できるのだが、私はどうしてもその絵を、実物を見たくなった。


    言外にあるなにか、情念の炎をかきたてるなにかを、体感したいと思った。


    音楽にしても、同じだ。


    たくさんの解説を聞くより、曲を一緒に黙って聴くだけで共感できるなにかがある。


    こんな時は、却って言葉は邪魔だったりする。


    日記でたくさんのことを語り、メールで毎日のように気持ちを語り、それでも伝えられる自分は全てではない。


    それどころか、伝えられない部分のほうが多いのに、文字だけで作り上げられた粗い「輪郭」のようなものが勝手に一人歩きする。


    しかし、隣に座り、息遣いを聴き、胸に手を当て鼓動を聞くだけで、その人の感覚世界に触れられることもある。


    「言葉を超えたなにか」を感じるのはそんな時だ。


    感覚世界の出来事は「言葉にならない」というより「言葉にしたくない」というほうが私にはしっくりくる。


    言葉を持たない鶴が、舞で表現するように、わたしも言葉以外の何かで伝えてみたいと思う。


    そこに広がる「感覚の大海」で感応しあうのは、どういう感覚なのか。


    とうてい言葉にできない。笑。。。




     キャンドル

    • 2007.12.21 Friday
    • 23:06





    f:id:kusukusu_kun:20000311100008j:image


    ■■■


    全ての仕事を終え、脱力感で帰宅したら。。


    素敵な贈り物が届いていた。


    この「小春日和」を愛読してくださっているという方から、手作りのキャンドル。


    日々の忙しさに追われて


    いつもなにかが足りないと思っていた。


    箱を開け、綺麗に梱包された包みを開け、部屋の明かりを落として


    キャンドルに火をともし


    火の揺らぎをじっとみているうちに


    だんだん体が軽くなってきて


    こんがらがった頭が空っぽになってきて


    ちょっと音楽を聴いてみようかという気になってきた。


    こんな素敵なキャンドルがあるクリスマスは


    どこへも行かず


    暖炉に火入れをして


    灯りをずっとみつづけていよう


    灯りの向こうに


    「近くて遠いアナタ」が見える





    ■■■





    前にもここに載せたけど


    今日はまた違う気持ちでこれを聴く


    明日から休み


    しばらくKoharoomで羽を休めよう






    D




    PR

    calendar

    S M T W T F S
        123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    252627282930 
    << June 2017 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recent trackback

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM